「サモアで暮らす」 鳩山幹雄

14.現代人が忘れた価値観


サモアンダンスを練習する子どもたち
サモアンダンスを練習する子どもたち

 スウェーデン人の知り合いを訪ねた。マッツはサモア人女性のシアと結婚し、二年前にシアの家族の暮らすアビア市内で民宿「セイペパ」を始めた。三年前にサモアを訪問し「ビビビッ」ときてしまったマッツは、 帰国後すぐ段取りをつけてサモアに移住した。

 敷地内に一歩足を踏み入れると背丈四メートルを超えるバナナの茎が通路の両脇に茂り、一瞬ジャングルの一角に迷いこんだような錯覚を覚える。案内されるまま受付兼リビングのテラスを通り抜けて最近建てたという敷地中央のサモアンファレへ。

 宿泊定員数十二人というだけあり、おせじにも広いとは言えないが、随所に工夫が見られ掃除も行き届いて、サモアの民宿にしては珍しく 清潔感がある。宿泊客次第という料金体制も奇抜だ。

 ファレでは六人の女の子が木太鼓のリズムに合わせてサモアン・ダンスの練習に励んでいた。六・七歳くらいの少女もいた。指導するのは元ダンサーのシアだ。シアはもう十数年前のことだが来日経験があり、愛知県のホテルでも サモアン・ダンスチームの一員として踊っていた。立派なダンスチームを結成して、スウェーデンにサモア文化を紹介するのがマッツの目標らしい。日本のホテルや文化祭などで受け入れてくれないだろうか、とも話していた。

 マッツも近代文明におぼれる先進諸国の現状に疑問を抱く一人。ダンスの練習風景を眺めながら、我々夫婦にしきりにサモアの魅力を力説した。「ここの暮らしは決して楽ではない。だがサモアには平和がある。静けさがある。自然がある。美がある。笑顔がある。助け合いの気持ちがある。カネとモノとに支配される現代人が忘れてしまった別の価値観が存在する。

 ウチのような民宿に好んで宿泊する旅行者はそれに気づく人が多い。『サモアへの旅を終えてから価値観が変わった。物質的な欲望に支配されるだけでなく、精神的なゆとりを大切にしたバランスのとれた日常を心がけるようになった』なんて便りを受け取ると、民宿を始めて良かったと思うよ。」

 外国人だからこそ気づくサモアの良さかもしれない。

 瞬く間に三時間が過ぎ、夕暮れが迫ってきた。おいとまを伝えると 日曜日の食事に誘われた。素直に招待を受け入れて別れを告げた。

 ファレでは踊りの練習が続いていた。


朝日新聞中部地方版より転載
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