「サモアで暮らす」 鳩山幹雄

13.計算づくでは過ごさぬ


小さな店での買い物は子供達の楽しみ
小さな店での買い物は子供達の楽しみ

 妻に代わって小学一年生の末っ子を学校まで迎えに行った。低学年の終業は毎日十二時半だ。約一キロの道程は手ごろな散歩だと言いたいが南国の日差しはさすがに厳しい。授業は既に終了しており、多くの子供達が校庭中央のマンゴーの巨木の木陰で迎えを待っていた。迎えを待つ間に迷子になる生徒が 続出したので、この木陰を待合場所と決めたらしい。

 校庭を出て二百メートルほど進むとポケットから二十セネ(約十円)を取り出し「今日はジュースにしよう」といって道路沿いの店に入った。二メートル四方ほどのキオスクのような簡易建物で主に子供相手に ジュースやアイスポップと呼ばれる凍らせた袋入りのジュース、手製のクッキーやサンドイッチを売っている。

 店に名前はない。我が家は「マサニの店」と呼ぶ。以前マサニという名の女性が店番をしていたのだ。 子供達が毎日この店の前を往復し、日課のごとく立ち寄るので、付き添う妻もマサニと仲良くなった。マサニはニュージーランドに引越したので現在はマサニの兄嫁のティアが店番をしている。ティアは無愛想だが、マサニから我々一家のことはよく聞いているといって親切にしてくれる。

 ティアがコップに注いだジュースを差し出しながら末っ子に英語で問いかけた。「お母さんはどこ?」

 「AT HOME (家だよ)」息子が堂々と答えた。

 末っ子がジュースを飲み終えると、ティアは引き換えにアイスポップを手渡した。よくある流れらしい。 息子はためらうことなくニコッとほほ笑んで受け取る。代金を払おうとしても受け取らない。居合わせたサモア人も

 「そういうときは受け取ればいいんだよ。それがサモア流さ」という。妻が末っ子と立ち寄り二十セネのアイスポップを買って四十セネのケーキを四つももらって帰ってきたこともあった。友情はありがたいが、これでは我が家が立ち寄る都度マサニの店は損をする。だがそろばん勘定だけで暮らさないのがサモア人のようだ。

 妻も時折手作りのぼたもちなどを届ける。下校途中の買い食いという 子供たちのささやかな楽しみは今後も続くことだろう。


朝日新聞中部地方版より転載
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