「サモアで暮らす」 鳩山幹雄

5.味の基本は「ペエペエ」


果肉を削るのは若者の仕事だ
果肉を削るのは若者の仕事だ

 日本の味を一言で表現するなら「しょうゆ」ではないだろうか。いや、みそカツにみそ煮込みうどん、みそおでん、といった名物を思うと、名古屋の場合は「みそ」かもしれないが…。とりあえず、まあ、しょうゆを日本の調味料の代表としておこう。

 そんな日本人にとってしょうゆのような存在が、サモア人にとっては「ペエペエ」(ココナツクリーム)である。 魚も肉も野菜も芋もご飯もみなペエペエで味付けをする、というくらい何にでもペエペエが使われる。それも毎日毎日、その日必要とするペエペエを絞るのだ。

 あの大きなココナツの皮をはぎ、中の堅い殻を真っ二つに割ってその肉側にへばりつく厚み1センチほどの白い果肉を削りとる。これがかなりの難作業だ。専用の台にまたがるように腰掛け、両手で握った半円のココナツを台の中央から飛び出した円形のギザギザの歯に押しつけて、ゴシゴシと削ってゆく。

 すると白く細かいかけらが足下のボウルに、かき氷のように積もる。これに少量の水をかけ、タウアガと呼ばれる植物繊維で包み込み、ぞうきんを絞るように力いっぱい絞る。すると脱水の不十分な洗濯物からしたたる水滴のように、ボタボタと汁が出てくる。1回の調理に、直径三十センチほどのボウルがいっぱいになるくらい削らなければならず、少なくとも三、四個のココナツを要する。

 出来上がったペエペエは見た目には牛乳と変わらない。ほんのり甘い味だがそのまま飲むことはない。 魚にもサメにもタコにもチキンにもタロイモにもパンの実を 調理するときにも、とにかく料理という料理に用いる。とろみがついて味がまろやかになる。タコの墨とペエペエで味付け したサモア風タコ料理はなかなかの美味である。

 各家庭のココナツ消費量はすごい。マーケットでは三個四個の単位ではなく、二十個ほどがラウニウ(ココナツの葉)で編んだ大きなかごに入れて売られている。ペエペエになじむことからサモアの食生活は始まる。 我が家の面々はみな特に違和感もなく、ペエペエ風味を楽しんでいる。


朝日新聞中部地方版より転載
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