【五大湖のふところミシガンで暮らす】
鳩山 幹雄  

長女と長男の通う高校
長女と長男の通う高校
この日のD教諭は星条旗ファッション
この日のD教諭は星条旗ファッション
熱心に「平和」に取り組む高校生
熱心に「平和」に取り組む高校生
妻の指導で生け花にチャレンジする高校生
妻の指導で生け花に
チャレンジする高校生



第19回 妻と2人で1日高校教師


書道と生け花で文化交流

「社会の先生が今晩電話するって。このあいだの話、本気みたいだよ」高校から帰宅した長男が、忘れないうちに伝えようと、急くように言った。 先日、妻と2人で高校の個人懇談会に出かけた際、社会科の先生に「そのうち日本文化の紹介をするから手伝ってもらえないだろうか」と依頼され、「ええ、喜んで」と快諾した。一種の社交辞令のつもりでいたので、実際に頼まれる可能性は低いと思っていた。ところが息子の伝言通り夕刻に電話があり、本当に高校へ出かけることに。

長男いわく、このD先生はけっこう変わった授業をすることで有名で、インドの民族衣装をまとって授業に現われたり、世界各地の料理を持参して生徒に試食させたりもするという。そして今回、日本文化紹介のひとつとして生徒に書道を指導したいとのこと。

「明日の午前9時50分からの3時限目にお願いできると非常に嬉しいのですが」と頼まれて翌日高校へ足を運んだ。自分の時間ではないことを知った息子は胸をなで下ろした。自らの親に教室で講義されては確かに気まずいだろう。親としても、そこに息子がいたのでは何となく話しづらいので息子同様ホッとひと息。妻もまた、別の日時に生け花を教えることに。

授業開始の10分ほど前に教室に辿り着きD先生と打ち合わせをしていると、パラパラと生徒が入ってきた。20人ほどの生徒が4人1組のグループに分かれて腰を下ろした。そして授業始まりのチャイム。だがチャイムが鳴り止んでも教室はざわついたまま。起立も礼もないまま何となく授業が始まった。

手本に選んだ言葉は「平和」

「筆は全員の数用意しましたから。それから漢字でアルファベットが書かれた毛筆の手本があるので各生徒に配布できる数だけコピーしておきますから。それを使ってそれぞれの名前でも書く練習ができればと思うのですが」と電話で伝えられていた。

確かに筆と墨汁は揃っていたが、文鎮と下敷きはなかった。手本は漢字ではなくてカタカナだろうと推測していたが、手渡されたコピーに目を落とすと、確かに漢字ではあるがどうやらABC……に漢字を当てた中国語。いくら社会科の教師といえどもアメリカ人に日本語と中国語の区別を期待するのは望みすぎ。こんなこともあろうかと思い、準備をしてきた手本を取り出し黒板に張り付けた。

小学校の頃、書道を習っていたので、楷書なら今でもなんとかそれなりの文字を書くことができるつもりでいる。とはいってもぶっつけ本番の自信はないので、前夜のうちに日本の中学で使用する書道の教科書を引っ張り出し、紹介するつもりの言葉を選んだついでに練習しておいた。 2、3語練習した結果、初めてのアメリカ人が書くのでも比較的簡単で見栄えも悪くなく、なおかつ意味的にも分かりやすい言葉がいいだろうと考え、「平和」を選択。5、6枚練習したなかから出来映えの良い1枚を持参。

筆の持ち方、姿勢、そして日本文化紹介の本から受け売りの書道の歴史や本来の役割などを簡単に説明した後、書き順、筆運び、止め、はね……といった特徴を紹介しながら実際に書いて見せた。予想通りまるで「お遊び」という生徒も多かったが、かなり真剣に取り組んだ2、3の生徒はそれなりに見られる文字を書いた。

瞬く間に45分が過ぎ、3時限目終了のベル。後片づけも何もせず、生徒はゾロゾロとドアを出て次の教室へと消えた。



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