何もない草原に突如出現する 巨大カジノ | カジノで催されるコンサートの パンフレット | B.B.キングのコンサートチケットの半券 |
10数年ぶりのコンサート
町の外れに、ラスベガスの一角に突如ワープしたのかと錯覚するような巨大カジノがそびえ立ち、毎週それなりに著名なエンタティナーによるコンサートやショーが繰り広げられている。といってもカジノへ足を運ぶのはたいてい中高年なので、若者好みのロック歌手は見かけない。ちなみに5月はビーチボーイズが、6月にはレイ・チャールズがやってくる。 「こんなに近いんだから、たまには夫婦でコンサートに出かけたいね」と、耳元で妻が囁いたこともあったが、その願いはこの約2年間叶わないままだった。音楽好きの妻は、独身の頃はよくコンサートに出かけたようだが、結婚を機にすっかり遠のいてしまった。次から次へと4人の子供の世話に追われ続けたのだから、夫婦でコンサートに出かけるゆとりなどまるでなかった。 思い出すのは結婚してまだ日が浅かった頃、妻の大好きなバリー・マニローの来日コンサートに一緒に出かけたことだけ。以来、コンサートはテレビで見るものになってしまった。 ところが、思いもかけず生の歌声を耳にすることになった。 とあるお役所仕事の手際の悪さとあまりの横柄な態度にうんざりさせられたことを友人Tに打ち明けたところ、「気持ちはよくわかるけど、そういう陰険な人間は必ずどこにでもいるんだから、そんなことでふさいでいても仕方がない。スカッとしてハッピーになることよ。良い方法がある。私が招待するからあなたと奥さんと2人、明後日のB.B.キングのコンサートに付き合いなさいよ」と言うと同時にTは携帯電話を取り出した。ひと回り以上年上のTの同情を引いてしまったらしい。 日本ほどでなくても有名人のコンサートとなれば決して安くはない。「そんなことしてくれちゃ悪いから」といちおう遠慮したのだが、Tは構わずチケットを3枚購入。電話を切ったTは振り返ると笑顔で言った。 「もう買っちゃったから一緒に行くのよ」 B.B.キングのエレキと歌声に酔いしれる コンサート当日はTの運転でカジノ入り。入り口脇のカウンターで、予約済みのチケットを受け取り、会場内へと進んだ。開演時間の7時を1、2分過ぎたところで客席の照明がスーッと落とされ、一瞬一面に暗闇が広がった。とほぼ同時にカラフルなスポットランプがステージを照らした。 スーツに蝶ネクタイ姿のバンド8名ほどが脇から滑らかにステージに現われ、楽器を手にすると、すぐに軽やかなメロディーを刻み始めた。拍手が会場にこだました。 インストルメンタルを2曲終えたところで「キング・オブ・ブルース」B.B.キングの登場。会場には割れんばかりの拍手が沸き起こった。B.B.キングはステージ中央のイスに腰を下ろすと、ルシールと名づけた愛用のエレキを手にし、黙って弦をはじいた。クリアーで伸びのあるルシールの叫びを打ち消さんばかりの拍手が重なった。 ひと息ついたキングがマイクを手にすると愛嬌のある表情を浮かべて口を開いた。 「最近糖尿のせいで膝が痛むんでね、こうやって腰掛けないといけなくなっちっまってね。でもね、もう77歳だからねぇ」と、世間話の口調で観客を和ませるあいだも、後方ではドラムが話し声を邪魔しない程度にリズムを刻み続けた。 ふと言葉が途切れたかと思うと、突然ギターを爪弾き始めた。ドラムが音量を上げ、ピアノとベースが加わった。盛り上がった拍手が止むのと入れ替わりに、キングがパンチのある唸るような歌声を搾り出した。鼓膜を突き破らんばかりの鋭いトランペットの音色が合いの手を入れた。ミシシッピー生まれのブルースの王様、B.B.キングの迫力を身体全体に感じた。77歳になってなおこれだけ観客を魅了できるのだから、まさに王者の貫禄。 キングが十八番の「The thrill is gone」を歌い始めると、観客がいっしょに声を重ねた。となりのTも大きな声で歌詞を口ずさんだ。歌って弾いて語って笑わせて……と、キングは約1時間半、一切休憩をしなかった。 ――Thank you so much. You are so good to us! と言葉を残してステージを去る「ブルースのキング」を、総立ちの観客は拍手と歓声で見送った。 |